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ジャクシャ

今日はお仕事で、簡単な報告をした。

その際「社会弱者と災害弱者は違うのか」という点が議論になった。
以下、自分用の簡単なメモ。

(概念論は不毛な雰囲気で進むので、興味ない人は読まないでね。)

〔本人の状態〕
「災害前からしんどさを抱えてる人」(社会弱者?)
「災害によってしんどさを抱えるようになった人」(災害弱者?)

〔支援の状況〕
「災害によって「支え」が壊れて、しんどさを抱えるようになった人」(災害弱者?)
「災害前から「支え」がなくて、しんどさを抱えている人」(社会弱者?)

弱者の概念って本質的に存在してるわけじゃなくて、環境によって如何様にも変化するものだと思う。社会制度しかり、社会関係しかり、内面性しかり。

災害弱者は存在せず、社会弱者のみが存在すると言う人がいる。
災害時の状況も日常の反映だと見なすことができるからだろうか。

日常では社会弱者ではなくても、災害弱者になる場合があるという。
災害という非日常が、有り余るしんどさを生み出すからだろうか。

災害支援制度上は災害弱者の概念を定義しておくべきかもしれない。でもそう考えると制度的弱者と災害弱者は同じなのかそれとも違うのかと、やはり悩みは尽きない。

悩みは尽きないけれど、たぶんそれは、本当は今日は産業被害と地域経済について報告すべきだったのに、間違って災害弱者の話をしてしまったところがそもそもの原因なのかもしれない。



( ゚∀゚) むヴァぁ”ー。



と、部屋の中でエエ声出しても、取り立てて状況は変わらないし、学会発表の準備も進まないの。。。

5件のコメント

[C78] 定義なんて出来るのかなあ。

もう一つ、弱者は絶対的な概念ではなく相対的な概念だって事はどうしましょう?
「あの人は弱者だ」ってのは必ず比較対象がいるわけで、
災害弱者って時には罹災した人の中で比べるのか、
それとも罹災しなかった時から比べるのか。
特に地震や津波のような広範囲の災害は台風や土砂災害
といった局地的な災害と比べる事が本来難しいかと。

以上、雑感でした。
  • 2006-09-20
  • 投稿者 : たる
  • URL
  • 編集

[C79] 定義なんて出来るのかなあ。

もう一つ、弱者は絶対的な概念ではなく
相対的な概念だって事はどうしましょう?
「あの人は弱者だ」ってのは必ず比較対象がいるわけで、
災害弱者って時には罹災した人の中で比べるのか、
それとも罹災しなかった時から比べるのか。
特に地震や津波のような広範囲の災害は台風や土砂災害
といった局地的な災害と比べる事が本来難しいかと。

以上、雑感でした。
  • 2006-09-20
  • 投稿者 : たる
  • URL
  • 編集

[C80]

その通りですよね。弱者・強者というのは絶対的な概念ではない。ある側面から見れば、自分が強者や権力者だったり被抑圧者だったりすることに気が付いて愕然とするわけですよ。

相対的に弱者かどうかということを問題にすると、何がどのようにしんどいのかという背景や原因を見逃してしまうんじゃないかと思うんですね。「あれとこれは違う」で、話が終わってしまう危険を孕みます。そこで登場するのが、相対主義を乗り越えるために登場した構築主義の議論ってやつです。

たとえば外国人が情報を得られないしんどさと、高齢者が寒さでしんどい話は一緒にはできませんし、同じ高齢者であっても、やはり人それぞれに状況が大きく異なる。そういう意味ではまったくもって「相対的」なんですが、そのしんどさの背景をそれぞれに解きほぐしていく必要があるということです。

だからこそ、どのようなしんどさを抱えているのか、という弱者性のようなものがどのように構築されたのかという点に注目するんです。

「弱者のカテゴリー」だけで決まるわけじゃなくて、地域ごとに罹災者を支える社会制度や社会関係等の社会関係資本の状況で大きく変わる場合もあるかと思います。日本と外国では、同じ高齢者の味わう「しんどさ」もだいぶ違います。だから「どのようにしんどくなったのか」という構築的アプローチが必要になるわけです。

そして、そのような弱者性の構築状況を明らかにする過程で、敢えて「災害」の特殊性や普遍性を取り出すために、「相対的に弱者」という言葉を使わないわけでして。

災害という状況と日常を並べて比べるのは困難ですし、まして災害の状況によっても単純に同じように比べることはできないんですよね。だからこそ、そういったややこしい議論に立ち入らざるを得なかったということなんですね。

たるさん、コメントありがとうございます。

[C88] 興味深い

とても興味深い話でした。
災害といっても、家は無事だったのに肉親を失った場合もあれば、家族が無事でも家が壊れた場合もあるし、グラデーションというよりもどれもがどれも違っている、人の数以上にケースがあるということなのかなあ・・・と思います。
私が行っている夜回り活動でもそう思ってます。
ただ、法律や制度の話となるとそうとはいかない。
同じ土俵に乗るだけの選択肢ではないけれど、何かカテゴライズすることが前提となってしまうもどかしさがありますね。
  • 2006-09-25
  • 投稿者 : けろ
  • URL
  • 編集

[C93] そうですよね

>けろサン
制度や法律だけでなく、人間の目も「カテゴライズ」しますよね。いわゆるスティグマだったり。自分自身に対しても、他人に対しても。

だから余計に、うむむむむぅぅ・・・なのです。。
  • 2006-09-25
  • 投稿者 : aiai
  • URL
  • 編集

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