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靖国とチベット

映画「靖国」の上映中止。もはや、その中身が何なのかということは問題ではないのだろう。少なくとも、この国に「触れてはいけないもの」があるということを人々に改めて周知させてしまったということは確かなようだ。昭和の最後に「自粛」の騒動が起きた時と同じように。(その頃、僕はまだ小学生だった・・・)

1980年代、フランスの歴史学者たちは、『記憶の場』という書物を通じて「フランス国民の意識」を明らかにする研究プロジェクトを展開した。ところが、この研究成果自体が「フランス国民の意識」を高揚させるコメモレイション(顕彰)の運動に吸い込まれてしまったと、編者となった歴史学者ピエール・ノラは振り返っている。

映画「靖国」のニュースを見るにつけ、『記憶の場』の話を思い出す。多くの映画館が「これは触れてはいけないものだ」と直感しして中止を判断した。目に見える街宣車の存在だけで上映中止が説明できるなら、賑やかな選挙カーだってとっくの昔に日本を変えているはずだ。中身の如何が問題ではないのだ。その判断に潜む「見えないもの」の蠢きを捕捉する必要がある。

「華氏911」が上映できても「靖国」が上映できない日本に、「人権問題」を背負わされた聖火が2週間後やってくる。

聖火とは、時間と空間のロジックを駆使した壮大なる祭りの装置だ。オリンピック発祥の地アテネで無から有となった火が世界中を駆けめぐることで、世界という空間と何千年という時間を経た「正統性」が獲得される。つまり、人類の時間と空間が一点に注ぎ込むかのように、4年に一度の祭典を祝福するという壮大な物語なのである。ぶっちゃけ、神輿やだんじりの巡行と同じようなものだ。

オリンピックが「平和の祭典」ではない、のではない。「平和の祭典」であると同時に「国家の祭典」であり、「世界の祭典」であることが問題なのだ。あれやこれやの問題が、あたかも何も無かったような「平和の祭典」の片棒を担がされるようなことは御免蒙りたいな・・・と思う。

それ以上に、平和や国家について語る場を閉じてはならないと切に願う。「名前を言ってはいけないあの人」の名を呼び続けねばならないし(ハリポタ)、取り上げられた本当の名を、取り戻さねばならない(千と千尋の神隠し)のだ。

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