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今日の空模様

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昼過ぎまで雨がパラパラしてました。夕方になっても、空はどんよりしたままです…。

それにしても肌寒い。長袖着てサンダル履いてます。秋は上半身から訪れるんですね。

いよいよあと1週間で学会発表なので、しばらく研究室に籠って準備に勤しむことになりそうです。
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ゼミ合宿@呉・広島(一日目)

10月27日28日と参加してきたゼミ合宿の写真を載せてみました。

一応、時系列に並んでますので、合宿に参加した方はどこの写真かだいたい分かるんじゃないかと思います~。

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ということで27日の正午前に広島到着。神戸から広島まで、高速バスで約4時間。広島・紙屋町にあるバスセンターから、市電でJR広島駅まで移動。料金は市内150円。

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JR広島駅では、カープの黒田が出迎えてくれました。この「男気」ってあたりが、今回の合宿のテーマの一つでもあります。(?)

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JR呉線の快速に乗って、30分ちょっと。13時ちょうどに呉駅に到着。大きなスクリューのモニュメントが誇らしげです。

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駅のすぐ近くにあったプラモ屋さん。「プラモデルがよく売れる」ということと、軍港・呉の歴史を無理矢理結びつけたくなったりします。

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駅の南側は再開発が行われたようで、ショッピングモール+博物館(×2)という構成になっています。大和ミュージアムの前には巨大な砲身やスクリューなどが置かれてます。

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そしてすぐお隣には、海上自衛隊の資料館「てつのくじら館」。駅前のショッピングモールの目の前に潜水艦や砲身をゴロリと置いてしまえるのが、呉という町のすごいところなのでしょう。

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まずは海上自衛隊呉史料館「てつのくじら館」に入るわけですが、入り口にデデデーンと自衛官募集のポスター。映画のポスターと見紛うような出来映えです。

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「てつのくじら館」の中身の大半は掃海艇、つまり機雷除去という仕事がいかに重要であるのかということをPRする展示内容になっています。

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自衛官出身の「ボランティア」の人が、実体験を交えながら詳細に解説してくれました。後輩が小さな声で「そもそも、キライって何ですか?」と聞いてきたので、「海の中にある地雷みたいなもんじゃろ」と、エセ広島弁で答えておきました。その後は、例の潜水艦の中にも入りました。でも、潜水艦の任務は機密事項が多くて、謎のベールに包まれていること自体が「敵への脅威」を与えるということらしく、中に入っても「狭ーい」ということ以外は結局よくわかりませんでした・・・。

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呉市海事歴史科学館こと「大和ミュージアム」の前には、ポセイドンの像が置かれています。逞しいお尻がポイントです。

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そして目玉は戦艦大和のプラモ・・・ではなく、10分の1スケールの精細な模型。逞しいお尻がポイントです。(?)

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一応、全体像も。10倍したら原寸になりますが、どうやって想像しても頭の中では10倍にできませんでした。。。。

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呉港は、現在も造船などが盛んに行われています。

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明治40年に「呉鎮守府庁舎」として建てられた煉瓦造りの建物は、今も「海上自衛隊呉地方総監部庁舎」として現役です。出入り口は、衛兵(?)というか、門番の人が立っていて、厳重な警備になってました。

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呉港をフェリーで出て、広島の宇品に向かいます。フェリー乗り場のおっちゃんも、こうやって撮るとカッコイイような気がしてくるので不思議です。

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海から見る呉港は、まさに造船と自衛隊の町でした。現在も、貨物船かタンカーか分かりませんが、巨大な船が建造されています。「戦艦大和」を造った技術が今も呉という町を支えている・・・・ということらしいです。

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よく見ると、「海上保安大学校」と書いてあります。

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広島湾に沈む夕日です。

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例によって、お好み焼きを食べ・・・・

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ホテルに着いて、恒例のミーティング&宴会で、夜も更けていきました。

ゼミ合宿@呉・広島(二日目)

ゼミ合宿の写真(二日目)です。

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朝9時にホテルを出発。すぐに本通りという、広島市内の中心商店街に出ます。雨が降りそうな天気でしたが、カープ坊やのおかげで雨は降りませんでした。大したもんです。

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商店街を歩いているとすぐに、旧帝国銀行広島支店の建物です。

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原爆のほぼ爆心地ということで、真上からの爆風によって屋根や壁が破壊されたそうですが、何度も修理されて、現在は小洒落たパン屋さんになってます。パンは、マジで美味かったです。

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そして爆心地の「島外科」の前に到着します。この上空約600mのところで、原爆が炸裂しました。

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爆心地から歩いて数分で、世界遺産にもなった原爆ドームです。

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被爆前の建物の写真を見ると、かなり大きな建物だったことが分かります。「原爆ドーム」と呼ばれている残った部分は、建物の中心あたりのごく僅かなところだったんですね。

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平和記念公園は、慰霊と平和のモニュメントで満たされています。この動員学徒の慰霊碑の前で、突然「公園ボランティア」を自称するおっちゃんが、碑の解説を始めました。この像は、仏教、基督教、そして神道の様式を織り交ぜて造られたものであると、持っていた傘を差し棒のようにブンブン振り回しながら解説してくれました。

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こちらは、「嵐の中の母子像」です。

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軍港・呉は「男気」で満ちあふれていましたが、平和記念公園は、平和と結びつけられた「女性性」に基づく語りが支配的です。

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ところで、丹下健三の作として有名な平和記念資料館ですが、近くまで寄って、よく見てみましょう。

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コンクリートが木目調なんですね。このあたりが、若き巨匠のこだわりだったんでしょうか。戦前の「大東亜建設記念営造計画」との類似性を指摘されたりしていて、興味は尽きません。

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公園周辺では、外国人観光客をたくさん見かけました。宮島・厳島神社とセットで回ってきているのでしょうか。

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この碑は、「誰が誰に何を誓うのか」という「碑文論争」として知られていますが、外国から来た彼らは、主語のない日本語の「過ちは繰り返しませぬから」を、どのように理解して帰るのでしょう・・・。

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続いて、すぐ隣にある国立広島原爆死没者追悼平和祈念館に向かいます。

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このモニュメントは、原爆が投下された「8時15分」と、被爆直後に多くの人が渇望した「水」、そして瓦礫によって構成されています。

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階段を下りて、薄暗い円形のホールに入ると、中心からわ水がわき出しています。そして周囲の壁には、広島市内の「町名」が、その方向に刻まれていました。

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祈りに欠かせない折り鶴ですが、最近では厳重なガラスケースに入れられています。公園の「ボランティア」の人から、「どこかの大学生?」と聞かれたので「神戸から来ました」と答えると、「折り鶴を燃やしたとこか?」と言われ、嫌な気分になりました。

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緑の墳墓の下には、約7万柱の遺骨が眠っています。この人たちは、記念撮影をしているわけではなく、ガイドさんの解説を聞いているだけみたいでした。

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こちらは、「韓国人」の犠牲者を祀る碑です。

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当初は川の対岸に設置されていましたが、大論争の末に移設されたそうです。原爆投下時、朝鮮から来た約10万人の人々が市内に住んでいて、その約半数が被爆したと言われています。なぜ、広島で被爆しなければならなかったのか、ということをこの碑は問いかけ続けています。

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原爆ドームのすぐ北に、広島市民球場があります。この日、ちょうど、新球場の着工が決まったという報道がなされていました。

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この、栄光のモニュメントは、いったいどうなるんでしょうね・・・。

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「この出入り口から選手が出てくるんです!」と、広島出身の後輩が妙にエキサイトしながら言ってました。やっぱり都会のど真ん中で愛されてきた球場なんだなぁ・・・と、ちょっと感慨深くなります。

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球場のすぐ北側には、基町クレドや基町アパートと呼ばれる巨大な再開発エリアがあります。

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とりあえず、時間がないので広島城の城郭に入っていくと、広島城内には、軍関係の施設跡がたくさん残っています。

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ここは、軍の地下通信施設の跡です。半地下だったためにかろうじて施設が残り、動員され生き残った女学生が「広島壊滅」の第一報を伝えたと記されています。

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そして、大本営跡です。石碑の上部に刻まれた「史跡」の文字が消されています。戦前まで、日清戦争時の大本営跡は、まさに「史跡」だったのですが、戦後は「史跡」ではないということで消されたようです。

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大本営跡は、広島が「軍都」であった証でもあります。

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原爆によって破壊されるまで、明治天皇が7ヶ月間過ごしたという大本営跡の建物は残されていたそうです。

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そして、急ぎ足で基町クレドの最新施設「パセラ」を通り過ぎて、ゼミ合宿の全行程は終了。

パセラの写真をみんなで撮ってたら、「そんなん撮らないでくださいよ~」と地元出身の後輩が恥ずかしそうにしてました。地元意識ってのは、町や建物が自分の一部のような感覚になるってことなのかなぁ・・・なんて、ぼんやりと考えたりしてました。

ということで、合宿の写真はここまで。

今日の空模様@二日目の広島

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広島ゼミ合宿二日目。

原爆ドームとか広島大本営跡とか。

今日の空模様@広島

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呉や広島あたりでゼミ合宿中です~。

解説はまた後日☆

数日の動き

プライバシーとか業務上の機密とか、はたまた面倒くさいとか、いろんな理由で日記を書かないことがあるのかもしれないけれど、今回は自分のための記録ということで、行動記録を書いておくのも大事なこと。

今週は月曜には図書館巡り。一日7カ所も巡って疲労困憊。

火曜日は祝日明けということで図書館は一斉に休館したため、アジトで資料整理と勉強。

水曜日は弥富市、木曽岬町と巡って最後の副読本集め。木曽岬町には図書館がなく、役場の建物にある教育委員会を直接訪問して副読本のコピーを取らせてもらった。平成10年度版の副読本を出しながら「ホントに古くなっちゃったんで、そろそろ改訂しなきゃって話をしてたとこなんですよ~」と、気さくな感じで対応していただいた。その途中で岐阜市の小学校の先生に副読本について電話取材。来週までに調べ直して改めて電話してくれるとのこと。本当に有り難い&ちょっと申し訳ない。
水曜のうちに神戸に戻ろうと思ったが、朝早くから70kmばかり走って疲れたので、帰神は翌日に延期。帰ってアジトの片付けや掃除など。

木曜は朝四時半に起床、5時過ぎに出発。12時過ぎに神戸到着。原付で7時間・200kmも移動すると、さすがに体も気分もなんだかオカシなことになってくる気がする。でもとりあえずバイクと自分が無事で何より。荷物の片付けをしてすぐに研究室へ上がる。夕方まで先生と打ち合わせやら来客対応やら。

金曜は、なぜか朝4時に目が覚める。残った資料整理などしてから、7時45分発広島行きの高速バスに乗る(予定)。今日明日は呉・広島にてゼミ合宿なのだ。

ということで、続きはまた後日。

徳山ダム

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昨日のニュースでやってました。

公団は予定通り来年度からの運用を開始するつもりだそうです。

一年経っても~水が~貯まりません~?

でもそんなの関係ねぇ!

今日の空模様

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今日は伊勢湾台風の日です。

半日で大垣→木曽岬→弥富→大垣と戻ってきました。

伊勢湾台風のモニュメントはあちこちにありますが、これは一号線が木曽川を渡る橋のすぐ東にあります。波をイメージしているそうです。

今日のうちに帰ろうかと思ってましたが、予想以上に疲れてしまい、明日早朝に原付で神戸に帰ることにしました。現在休憩中です…。

今日の空模様

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大垣の空も秋の気配。稲穂が色づきはじめてます。

一宮と宮城ずんだ

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朝、大垣のアジトを出発して、尾西→一宮→稲沢→江南→各務原→各務原分館→岐阜県立図書館と巡りました。図書館巡りもそろそろ終わりにしたいところです。

ところで一宮では、車道にアーケードが付けられてました。さすが愛知県?

図書館で副読本を探してはコピーをするのですが、岐阜県と愛知県では、コピーをする時の扱いが全然違うんですね。愛知県は緩くて楽でした…

ずんだ餅は安売りされてました。体によさそうな味でした~。

晩酌@大垣

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そして大垣にいます。

明日から三日間が、今夏は最後の大垣ライフになりそうです。少し形が見えてきました。今日は前夜祭です!

郷土学習における「災害の記憶」と「防災意識」の乖離


郷土教育の研究だったり、社会科副読本そのものの研究だったりするならば、わりと単純な話になるのかもしれないけれど、今回の調査に限定した関心から言えば、「災害の記憶と郷土教育の間にはどのような関係が存在しているのか、またはどのような関係が取り結ばれる可能性があるのか」という点が重要になってくる。

正確には、災害の記憶と防災教育と郷土学習の三者の関係がどうなっているのか?今後どうなり得るのか?ということが大事なのだ。副読本の記述を通じて、それらを明らかにすることが出来ないかというのが、今回の研究の主旨である。

そもそも、なぜ副読本なのかという疑問もある。だが、逆に言えば、「自分たちの暮す地域のことを知る」ことができる手段というのは、副読本ぐらいしかないのではないか、という言い方もできる。

ここでは大げさに郷土学習とか呼んでいるけれど、「自分たちの暮す地域のことを知る」ことができる場面というのはそんなに多くない。家庭内で親や祖父母からの伝承、または子ども社会の中で共有される知識というのはあるかもしれないが、よっぽどの郷土史マニアや地理マニアでなければ、自分の住む地域や自治体のことなどあまり詳しくない。

もちろん、地域の伝統的なお祭りに参加したり、住民組織と何らかの関わりをもっていれば別かもしれないが、そういう状況というのは、既に一般的なケースとして想定しにくくなっているように思える。また最近では総合学習などで子どもたちが地域社会に出る機会が増えているのかもしれないが、総合学習のテーマは多岐にわたり、「地域を学ぶ」ことに内容が限定されているわけではない。

以前書いたかもしれないが、だからこそ制度化された学校教育の中で用いられる社会科副読本というのが「唯一」とも言える郷土学習の「担保物件」なのである。

実際に副読本がどのように使われるのかという部分については、現場の先生の裁量次第ということになるが、副読本の中身自体には、その地域が「地域の何を子どもたちに学ばせようとしているのか」という姿勢が透けて見えてきそうな気がする、ということで副読本の内容を調査しているのだ。

そんなこんなで、木曽三川流域の自治体における副読本の内容を調べて回ったわけだが、結論としては、出来事としての「災害の記憶」と、備えとしての「防災」が乖離しつつあるということが言えそうだ。

輪中地帯の洪水は、繰り返し繰り返し起こってきたものである。それも、地震と違って一生の間に何度も何度も起こってきたものだ。かつては、過去の災害を学ぶことと、未来の災害を防ぐことは、イコールで結ばれていた。だから、輪中地帯のいくつかの自治体の副読本は、執拗に(?)輪中について学ばせようとしている。

ところが、堤防が強化され、排水機が設置されてくると、「乗り越えられた過去の出来事」として災害が提示されることはあるものの、地域社会のリアルなリスクとして災害が提示されないようになってくる。副読本の限られた紙幅において、「安全」の項目からは洪水が削除され、消防や防犯、交通安全という事項が優先されるようになってくる。それはある意味当然の流れだろう。

全体的な傾向としては、郷土学習という枠組みにおいて「災害の記憶」と「防災」が乖離しつつあるのだが、その流れを加速させるのが市町村合併による「郷土教育の統合」の問題である。

旧自治体がローカルなスケールに基づいて副読本の内容を構成してきたものが、より広域なスケールの自治体として合併されると、災害の危機意識はより希薄なものとなる。川や堤防に近い自治体と堤防から遠い自治体が一緒になり、過去の災害や危機意識は全体から見ると局所的な問題となってしまい、「新しい郷土」として学ぶ対象からはずされてしまうことになる。

そしてさらに、指導要領の改正の影響も大きい。近年では「教える」ことから「学ぶ」ことに主眼が置かれるようになった。副読本の内容も大きく削減され、その代わりに、資料館や博物館、地元の大人などに「取材」しながら「ナマの知識」を得ることが推奨される。

輪中地帯に限って言えば、指導要領の改訂によって「低地のくらし」という単元がなくなってしまったことの影響が大きい。「低地のくらし」=郷土学習という位置づけであったため、「低地のくらしを学ぶ=過去の災害と苦労を学ぶ=防災」という公式が崩れてしまったのだ。

もちろん、木曽三川地域の子どもたちは、今でも校外学習や遠足などで木曽三川公園や千本松原に来たり、旧長島町の「輪中の郷」や、海津市の「歴史民俗資料館」に来たりするようなので、単線的に「災害の記憶」と「防災」が乖離しているというようなことは言えないのだけれど、傾向としては上記のようなことが指摘できるのではないかと考えている。

このあたり、あと2週間で資料の追加収集と読み込みによって、さらに煮詰めていきたいと考えている。

ということで、今からまた岐阜に行ってきます~。

神戸新聞が京都新聞に!

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飲み会から帰ってきたら、夕刊が。

神戸新聞が京都新聞になってました。酔っぱらいだからですかね?

神戸新聞の不調続報

「組版データベース」のシステム障害だそうですね。

明日の朝刊も京都新聞が来るんですね。。。

今日は今日とて暑い日で

副読本の岐阜市の教育委員会に問い合わせのメールを送ったら、ある小学校の教務主任の先生を紹介してもらった。

そこでさっそく今日の午前中に電話をしたら、「今日は運動会なので●●先生は無理です。」と言われてしまった。

運動会なら仕方ないですよ。。。

研究室は今日は断水があるとかで、行こうかどうしようか悩んでたら、すっかりお昼過ぎになってしまった。

それにしても暑い。もう九月も後半なのに、室温32度ぐらい。
やっぱり研究室に行こう。もうちょっと涼しいはず。

今日の夜はゼミのOBOG会@かどや飯店があります。


楽しみ~♪

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↑すっかり工事中です。水持参で研究室まで上がってきました!

今日の空模様

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空は秋っぽくなりつつあるみたいです。

ただし、まだまだ蒸し暑くて大変ですけどねー。

今日はお尻に注射されました…。

ネットで家計簿

今月に入って、パソコンが何度も再インストールの憂き目に遭ってるので、家計簿ソフトをwebに切り替えた。その名も「ネットde家計簿」。

支出の大まかな傾向だけ把握できたらいいので、何でもいい。

登録して、ここ2週間ほどのレシート類を整理しながら入力した。
今月はすでに大幅に赤字になってることだけはよく分かった。。。

あとは、メールソフト(サンダーバード)をインストールするかどうしようか悩ましいところ。どうせまた再インストールするとかだと、設定が面倒なだけ。メールはすべてwebメールに転送されるし、別にメールソフトなくてもいいかなぁ。。



とりあえず、そういう難しいことは11月になってから考えようと思う。

社会科副読本という「制度化」された災害の記憶と行政スケールの問題

無駄に研究室に泊まってみたりした。なので今日は、起きてから中途半端にテンションが上がってきた。起きてすぐというのは前向きな気分になれるようだ。

とりあえず、まず機械的にやらなければならないこととして、集めてきた副読本に記載された内容を、項目ごとにエクセルで入力して整理する作業が必要となる。入力しながら自分の頭の中を整理するという「副次的効果」が重要だ。

入力作業を進める過程で、行政スケールを越える内容と越えない内容があるという違いがあることが気になってきた。たとえば、用水の開発などについては、行政スケールを越えて、用水の取水口や水源のため池築造などが行政域外にあっても、掲載される。

ところが、治水や輪中の問題は、行政スケールを越えた広域的なスケールで取り上げられることが少なく、行政のスケール内で収まるような取り上げられ方をしている。

副読本の中でも、今回対象としているのは主に「郷土を開く」や「安全なくらしを守る」という章なのだが、取り上げられている「史実」の中身は、用水事業か治水事業か、そのどちらかという二者択一の状況となっているところがほとんどだ。

そして、用水事業は行政スケールを越えることが多く、治水事業は行政スケール内に収まるような記述となっている。三川分流工事などの広域的なスケールで行われた治水事業も、(当然ではあるけれど)当該自治体との関係に引きつけながら記述されることになる。

そして、ここで重要になるのが市町村合併に伴う副読本の改訂と再編集の問題である。

まだ全ての副読本の内容を整理したわけではないが、とりわけ隣接する大きな自治体に「吸収」された小さな自治体で取り扱われてきた「ローカルな記述」は、ほとんど消滅してしまうことになる。

これは、郷土教育というものが、露骨に「自治体スケール」に左右されてしまうことを示している。そして、「災害の記憶」としての副読本の記述も同様である。

そうした状況から考えると、県単位での副読本を作成する等、対象地域のスケールを広くしていくことが考えられるが、災害特性は同じ県内でも地域によってかなり大きく異なってくるので、「災害の記憶」のきめ細かさを教えることはできない。

そしてもう一つ考えなければいけないこととしては、学習指導要領の改訂によって大きく変化する項目もあるが、形を変えながら残り続ける項目もあるという点である。

その部分については、まだもうちょっと整理が必要そうなので、また今度。

今日の空模様

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昨日に引き続き、本日も大阪参り。

最近、フォレスタも工事中です。すっぽり足場に覆われています。

防災教育と郷土教育の間にある大きな溝にハマってます。

目下、10月7日に行う熊本での学会発表の枠組みを考えているところ。

8月9月と、あちこちバタバタしながらも、濃尾平野の木曽三川流域の各自治体が作成した社会科副読本のコピーを集めた。(原チャで走り回って図書館巡りした、アレのことです。)

年代ごとの改訂版や合併前後のものも集め、数年前に収集した分も合わせると、約50冊分ぐらいの社会科副読本の「災害関連の記載」を収集したことになる。

昨日までの三日間、スタッフとしてあたふたしていたフォーラムのテーマが「防災」と「災害救援」だったり、先月の雑誌「地理」の特集が防災教育だったりして、ここにきてようやく自分の研究について深く考える機会が増えてきた。正確には、切羽詰まってきたと言うべきか。

「副読本のコピーを集めてみたものの、どうしたらエエんやろか・・・」と途方に暮れていた時期もあったけれど、少しずつ集めた資料のまとめ方を考えられるようになってきたということだ。

資料や関連論文をぺらぺらめくりながら思ったことを数点書き留めておきたい。

まず一つめに、根本的な問題としては、郷土教育と防災教育はまったく別の枠組みとして位置づけられているということ。当たり前の話だが、防災教育は「防災」が目的であり、郷土教育は「郷土を学ぶ」ということが目的となる。この二者の接点を見いだそうというのが今回の研究の主旨となる。

二つめは、制度化されているかどうかという点。郷土教育は社会科の学習指導要領に位置づけられ、副読本も教科書に準拠して作成されることが多いが、防災教育は制度化されておらず、教員有志による「実践報告」や、研究者が参加した防災啓発事業の「事例報告」等の形にとどまっている。つまり、郷土学習は「必須科目」であるが、防災学習は「任意科目」であるという点は、大きな違いであると思う。

三つめは、郷土教育と防災教育の「幸福な結婚」がそもそも本当に必要なのか、必要ならばどのような形を模索すべきなのか、という点である。

神戸では、阪神・淡路大震災をテーマにした副読本が市内の小中学校に作成配布されているが、この副読本は防災教育と郷土教育の中間にあるような内容である。さらには、道徳の時間にも用いられることも想定された構成になっている。

「副読本」として作成されていること自体に着目すべきであるが、内容はまだまだ揺れ動いていくものではないかと考えている。輪中地域の水害を伝える社会科副読本の記事と、阪神・淡路大震災を主題とした副読本。

この二者を見比べたとき、何が見えてくるだろうか。。。

(つづく・・・はず)

今日の空模様

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今年何度目かの猛暑が来ました。

暑い…

今日の空模様

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今日は長田でした。そして今日も蒸し暑い。

今日の空模様

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今日も朝から夕方まで国際文化学部でユースフォーラム開催中。

外に出ると暑いです…。

今日の空模様

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朝からずっと国際文化学部でした。

今日の空模様

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16時半現在、大阪上空あたりに積乱雲発生中?

オクラカレー

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ヒンディー語でビンディカリー?だったかなあ…

味が同じかどうかはわからないですけど。

今日の動き

六年くらい使ってるノートパソコンがいよいよ寿命が近いのか、先月に引き続き今日もCドライブの再インストール。

朝からパソコンを駆動させつつ、再び注射打ちに三宮へ。

帰りがけにあちこちで買い物やら物色やらしてたらすっかり昼すぎになってしまった。

帰宅してパソコンの面倒見ながら勉強したりするものの、あまり身が入らず。

先にやれることだけしておこうと思って、来月の熊本での学会発表のための宿探しやら、月末のゼミ合宿のための高速バスの予約などしてたらすっかり日が暮れた。

仕方ないので夕飯にカレーを作ってみた。今回はオクラ入りカレー。美味美味。

なんだか休日みたいな一日。今週末の連休は全部出勤日だから、たまにはいいかな。

すがきや

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腹が減ったので、近所のJUSCOにあるスガキヤでラーメン。

この、先割れスプーンみたいなやつは、「新ラーメンフォーク」と言うらしいです。

急用のため今から神戸に戻ることになりました。

長良川河口堰近景

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大垣から30キロくらい南に行くと、長良川河口堰があります。

魚道の観察室は気に入ってますが、やはり河口堰はない方がいいのではと、来るたびに思うわけで。

それから、高須輪中の野池に布袋葵の花畑ができてました。紫できれいですが、少々不気味です。

今日の空模様@海津

20070911090838
午後は雨が降るらしいんですけど、資料集めの続きということで、だいぶ下流まで下ってきました。

お天気心配です。

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