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ゼミ合宿@呉・広島(一日目)

10月27日28日と参加してきたゼミ合宿の写真を載せてみました。

一応、時系列に並んでますので、合宿に参加した方はどこの写真かだいたい分かるんじゃないかと思います~。

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ということで27日の正午前に広島到着。神戸から広島まで、高速バスで約4時間。広島・紙屋町にあるバスセンターから、市電でJR広島駅まで移動。料金は市内150円。

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JR広島駅では、カープの黒田が出迎えてくれました。この「男気」ってあたりが、今回の合宿のテーマの一つでもあります。(?)

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JR呉線の快速に乗って、30分ちょっと。13時ちょうどに呉駅に到着。大きなスクリューのモニュメントが誇らしげです。

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駅のすぐ近くにあったプラモ屋さん。「プラモデルがよく売れる」ということと、軍港・呉の歴史を無理矢理結びつけたくなったりします。

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駅の南側は再開発が行われたようで、ショッピングモール+博物館(×2)という構成になっています。大和ミュージアムの前には巨大な砲身やスクリューなどが置かれてます。

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そしてすぐお隣には、海上自衛隊の資料館「てつのくじら館」。駅前のショッピングモールの目の前に潜水艦や砲身をゴロリと置いてしまえるのが、呉という町のすごいところなのでしょう。

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まずは海上自衛隊呉史料館「てつのくじら館」に入るわけですが、入り口にデデデーンと自衛官募集のポスター。映画のポスターと見紛うような出来映えです。

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「てつのくじら館」の中身の大半は掃海艇、つまり機雷除去という仕事がいかに重要であるのかということをPRする展示内容になっています。

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自衛官出身の「ボランティア」の人が、実体験を交えながら詳細に解説してくれました。後輩が小さな声で「そもそも、キライって何ですか?」と聞いてきたので、「海の中にある地雷みたいなもんじゃろ」と、エセ広島弁で答えておきました。その後は、例の潜水艦の中にも入りました。でも、潜水艦の任務は機密事項が多くて、謎のベールに包まれていること自体が「敵への脅威」を与えるということらしく、中に入っても「狭ーい」ということ以外は結局よくわかりませんでした・・・。

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呉市海事歴史科学館こと「大和ミュージアム」の前には、ポセイドンの像が置かれています。逞しいお尻がポイントです。

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そして目玉は戦艦大和のプラモ・・・ではなく、10分の1スケールの精細な模型。逞しいお尻がポイントです。(?)

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一応、全体像も。10倍したら原寸になりますが、どうやって想像しても頭の中では10倍にできませんでした。。。。

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呉港は、現在も造船などが盛んに行われています。

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明治40年に「呉鎮守府庁舎」として建てられた煉瓦造りの建物は、今も「海上自衛隊呉地方総監部庁舎」として現役です。出入り口は、衛兵(?)というか、門番の人が立っていて、厳重な警備になってました。

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呉港をフェリーで出て、広島の宇品に向かいます。フェリー乗り場のおっちゃんも、こうやって撮るとカッコイイような気がしてくるので不思議です。

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海から見る呉港は、まさに造船と自衛隊の町でした。現在も、貨物船かタンカーか分かりませんが、巨大な船が建造されています。「戦艦大和」を造った技術が今も呉という町を支えている・・・・ということらしいです。

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よく見ると、「海上保安大学校」と書いてあります。

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広島湾に沈む夕日です。

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例によって、お好み焼きを食べ・・・・

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ホテルに着いて、恒例のミーティング&宴会で、夜も更けていきました。
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ゼミ合宿@呉・広島(二日目)

ゼミ合宿の写真(二日目)です。

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朝9時にホテルを出発。すぐに本通りという、広島市内の中心商店街に出ます。雨が降りそうな天気でしたが、カープ坊やのおかげで雨は降りませんでした。大したもんです。

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商店街を歩いているとすぐに、旧帝国銀行広島支店の建物です。

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原爆のほぼ爆心地ということで、真上からの爆風によって屋根や壁が破壊されたそうですが、何度も修理されて、現在は小洒落たパン屋さんになってます。パンは、マジで美味かったです。

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そして爆心地の「島外科」の前に到着します。この上空約600mのところで、原爆が炸裂しました。

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爆心地から歩いて数分で、世界遺産にもなった原爆ドームです。

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被爆前の建物の写真を見ると、かなり大きな建物だったことが分かります。「原爆ドーム」と呼ばれている残った部分は、建物の中心あたりのごく僅かなところだったんですね。

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平和記念公園は、慰霊と平和のモニュメントで満たされています。この動員学徒の慰霊碑の前で、突然「公園ボランティア」を自称するおっちゃんが、碑の解説を始めました。この像は、仏教、基督教、そして神道の様式を織り交ぜて造られたものであると、持っていた傘を差し棒のようにブンブン振り回しながら解説してくれました。

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こちらは、「嵐の中の母子像」です。

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軍港・呉は「男気」で満ちあふれていましたが、平和記念公園は、平和と結びつけられた「女性性」に基づく語りが支配的です。

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ところで、丹下健三の作として有名な平和記念資料館ですが、近くまで寄って、よく見てみましょう。

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コンクリートが木目調なんですね。このあたりが、若き巨匠のこだわりだったんでしょうか。戦前の「大東亜建設記念営造計画」との類似性を指摘されたりしていて、興味は尽きません。

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公園周辺では、外国人観光客をたくさん見かけました。宮島・厳島神社とセットで回ってきているのでしょうか。

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この碑は、「誰が誰に何を誓うのか」という「碑文論争」として知られていますが、外国から来た彼らは、主語のない日本語の「過ちは繰り返しませぬから」を、どのように理解して帰るのでしょう・・・。

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続いて、すぐ隣にある国立広島原爆死没者追悼平和祈念館に向かいます。

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このモニュメントは、原爆が投下された「8時15分」と、被爆直後に多くの人が渇望した「水」、そして瓦礫によって構成されています。

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階段を下りて、薄暗い円形のホールに入ると、中心からわ水がわき出しています。そして周囲の壁には、広島市内の「町名」が、その方向に刻まれていました。

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祈りに欠かせない折り鶴ですが、最近では厳重なガラスケースに入れられています。公園の「ボランティア」の人から、「どこかの大学生?」と聞かれたので「神戸から来ました」と答えると、「折り鶴を燃やしたとこか?」と言われ、嫌な気分になりました。

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緑の墳墓の下には、約7万柱の遺骨が眠っています。この人たちは、記念撮影をしているわけではなく、ガイドさんの解説を聞いているだけみたいでした。

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こちらは、「韓国人」の犠牲者を祀る碑です。

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当初は川の対岸に設置されていましたが、大論争の末に移設されたそうです。原爆投下時、朝鮮から来た約10万人の人々が市内に住んでいて、その約半数が被爆したと言われています。なぜ、広島で被爆しなければならなかったのか、ということをこの碑は問いかけ続けています。

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原爆ドームのすぐ北に、広島市民球場があります。この日、ちょうど、新球場の着工が決まったという報道がなされていました。

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この、栄光のモニュメントは、いったいどうなるんでしょうね・・・。

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「この出入り口から選手が出てくるんです!」と、広島出身の後輩が妙にエキサイトしながら言ってました。やっぱり都会のど真ん中で愛されてきた球場なんだなぁ・・・と、ちょっと感慨深くなります。

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球場のすぐ北側には、基町クレドや基町アパートと呼ばれる巨大な再開発エリアがあります。

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とりあえず、時間がないので広島城の城郭に入っていくと、広島城内には、軍関係の施設跡がたくさん残っています。

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ここは、軍の地下通信施設の跡です。半地下だったためにかろうじて施設が残り、動員され生き残った女学生が「広島壊滅」の第一報を伝えたと記されています。

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そして、大本営跡です。石碑の上部に刻まれた「史跡」の文字が消されています。戦前まで、日清戦争時の大本営跡は、まさに「史跡」だったのですが、戦後は「史跡」ではないということで消されたようです。

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大本営跡は、広島が「軍都」であった証でもあります。

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原爆によって破壊されるまで、明治天皇が7ヶ月間過ごしたという大本営跡の建物は残されていたそうです。

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そして、急ぎ足で基町クレドの最新施設「パセラ」を通り過ぎて、ゼミ合宿の全行程は終了。

パセラの写真をみんなで撮ってたら、「そんなん撮らないでくださいよ~」と地元出身の後輩が恥ずかしそうにしてました。地元意識ってのは、町や建物が自分の一部のような感覚になるってことなのかなぁ・・・なんて、ぼんやりと考えたりしてました。

ということで、合宿の写真はここまで。

今日の空模様@二日目の広島

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広島ゼミ合宿二日目。

原爆ドームとか広島大本営跡とか。

今日の空模様@広島

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呉や広島あたりでゼミ合宿中です~。

解説はまた後日☆

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