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1.17

1月17日は、震災が起きた日。

一年のうちには、「終戦記念日」や、関東大震災が起きた「防災の日」など、記憶をつなぐ日がいくつかある。

でも、神戸に暮らして、これまで震災と幾らか関わりながら活動してきた自分としては、やはりこの日は特別な日だ。

でもそれは、ちょっとした義務感や責任感を帯びていたりもすることに気づいた。

特別な日にしなければいけない、という、ピリッとした感覚。これは、自分の中から湧き起こる自発的なものではなく、自分の周囲を強く意識した感覚である。


1年前にも同じことを考えたが、震災を経験した人と、そうでない人の間には、大きな溝がある。

そのことを考えると、先ほど記憶をつなぐ日、と書いたが、違う気もする。


1月17日は、震災を思い起こしたい人たちや、思い起こさざるを得ない人たちに、心静かに過ごしてもらう日、でもある。

震災を経験していない僕は、この日になるとやむにやまれぬ形で震災を思い出さざるを得なくなる・・・わけではない。

少なくとも去年までは、この日ぐらいは、震災の経験や痛みや辛さに近づかなければいけないのではないか、と力んでいた部分があったように思う。

でも、今年はちょと違う。震災を思い出そうとしている人の邪魔をしない、ということも大切なのかもしれない、と考えるようになってきた自分に気がついた。

自分がそう思うようになってきた理由は、よく分からない。

当事者性が薄れた、ということだろうか。

同化ではない。傍らに、静かに寄り添えばよい。

16年前の記憶が静かに沸き立つ神戸の、この日を、そっと過ごそうと思う。

そして、災害の記憶はどのようにつないでいけばよいのか、これからも考え続けたい。
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15年目の震災の日に寄せて

15年目の「震災の日」は、いつもと違う形で過ごした。

朝4時に目覚めたが、黙祷には行かず。

昼前に、初めて東遊園地に行ってみたが、特に何をするということもなく、竹筒の周りで人混みに身を置いただけだった。

三宮から、震災記念公園を通ってHAT神戸まで歩いた。途中、朝日と毎日の号外を受け取った。

テレビでは、16日夜の「神戸新聞の7日間」は観たが、17日の夜になるにつれて、暗澹たる気分になり、夜の「この街の子ども」は、録画しただけで視なかった。



去年までは、学生震災救援隊の後輩やOBOG、社会人、その他つながりのあるいろいろな人たちとこの日を迎えてきた。

16日の夜から翌朝まで食べて飲んで語り合い、5時46分に揃って黙祷をし、日が出る頃に解散し、昼過ぎまで寝る。。。というスケジュールを毎年毎年繰り返してきた。

少なくとも、最初に神戸で1月17日を迎えた98年から、2009年1月までの12年間、ほぼ毎年。

17日の昼に目覚めれば、僕にとっての「震災の日」を、既にそれなりにやり過ごした気分になれていた。



今年は、ちょっとした心境の変化もあって、違う過ごし方をしようと決めた。

17日を迎える前には、昨年に引き続き、遺族の方のお話を聞く機会を得た。

でも、結果は次のようなことが分かっただけだった。



この日は、震災を経験した人たちのための日だと感じた。

この日は、震災を経験していない僕には、どうにも居心地の悪い一日だと感じた。



今年は「15年目の節目」ということもあり、TVでの番組数も増えたという。

誰が、誰のために作り、誰のために流す番組なのだろうか。誰が視るべき番組なのだろうか。

震災のことを頭では知っているかもしれないけれど、心では経験していない僕には、悲しみも辛さも、希望も未来も、心の奥底から何かを願い祈ることも、根源的な部分では分かち合えないような、むなしい気持ちでいっぱいになった。

少なくとも、「僕にとっても1月17日は特別な日なんですよ」などと神妙な顔をして歩いたりしたら、何かものすごく不誠実なことなんじゃないか・・・と思えたのだ。


震災を経験せずに済んだことは幸せなことかもしれないし、これまで震災に関わる活動や研究に取り組んで来たのも、震災を経験していなかったからこそかもしれない。

災害を経験した者とそうでない者の間にある大きな溝の正体を知りたい、というのが研究を続けてきた動機の一つでもある。

でもやはり、その溝は埋まらない。埋まらないことを出発点にしようと思っているけれど、今日の経験を通じて、新しく大きな壁に出会ってしまったような気分でもある。



「そんなこと言っても仕方ないでしょう」「どうにもならないでしょう」と、言われるかもしれない。

でも、今日、自分自身の心に起きたことに向き合わなければ、おそらく、震災を経験してこの日を迎える人と、震災を経験せず、この日を迎えない人の出会いを期待することは難しいのではないか、と思っている。

この壁の向こうに、「命を守る」ための手がかりがあると信じたい。

今は、そう信じたい。

ボランティアとは? 記憶とは? 愛とは? 暑さの中で考えること。

朝から晩までプレハブの事務所に詰めてる人間としては、エアコンが自由に使えないというのは結構辛い環境である。秋までは扇風機が手放せない。

扇風機は、文句も言わず、ひたすら風を送り続けてくれる。今日のゼミで、先生が「愛とは与えるもの、恋愛とは代償を求めるもの」という話をしてくれたが、扇風機こそ愛だと思う。(?)

暑くなると脳みその沸点が近づくらしく、考えてみたいことが増えてくる。



暑いほどに集中力が増すというのは、ちょっと珍しいタイプかもしれない。この数日間、二つのことを考えている。ひとつは、記憶の話。

辺見庸の「水の透視画法」という新聞連載を毎度毎度熟読しているのだけれど、「戦争の記憶とのかかわり」という文章を読んで深く考え込んでしまった。

欧米には、89歳のナチ戦犯を裁判にかけ、懲役15年を求刑するような"ナチ・ハンター"がいる一方で、日本の戦争の記憶は「病的なまでに薄い」と言う。

戦後64年が経ち、89歳のナチ戦犯を105歳まで獄中につなごうとする戦争の記憶に、辺見庸は「そこまでするのか。そこまでしてもよいのか。そこまですべきなのか。記憶というのはさほどまで執拗なものなのか。」と問う。そして「自問は徐々にわが身に向かい」、日本は「たくみに忘れたふりをしている」と指弾する。

震災15年を迎える頃、神戸あたりでは再び「忘れてはならない」の大合唱が響くことだろう。僕は、このセッションに、どう向き合うべきだろうか?自問を重ねてみるが、答えはまだ出ない。



考えている二つ目のことは、「ボランティア」についてだ。

ある学生さんが、「ボランティアとは何か?」という相談にきたという。

僕はたまたま非番の日だったし、それに応えることが「学生ボランティア支援室」の業務なのかどうか分からないが、せっかくなので正面から答えてみたいと思った。

二日ほど考えてみて、思考の途中経過は省略するけれど、ボランティアとは「搾取されない労働」ではないか、という仮説的な定義を思いつき、この定義がどこまで「使える」ものか、しばらく試してみようと思っている。

自発性とか無償性とか先駆性とか公共性とか、そういう定義があるとかないとか、本で読んだことがあるけれど、堂々巡りで本質を突かない定義だと感じてきた。アドボカシーが必要だとか、ボランティアとは共感する力だとか、そういう話も見聞きしてきたし、誰かに聞かれたら、そういう話をしたこともある。

しかし、ボランティアの本質とは労働である。賃金という対価を得る賃労働と消費が人間活動の主流となった近代資本主義社会においては、労働形態の残余カテゴリーとしてボランティアが語られてきた。ボランティアには「賃金を対価としない奇特な人びと」というレッテルが貼られ、賃労働とボランティアという二元論が招いた罪は大きいように思える。

しかし、ボランティアであっても労働であり、価値の生産であると考えれば、一時流行った社会関係資本の議論に接続することも容易だ。ボランティアとは、価値を生み出す労働であり、生産された価値は有形無形の資本として蓄積されると考えたらどうだろうか。

表面的な社会変革力への期待とか、市民社会論とか、そういうアプローチと距離を置きながら、ボランティア労働が生産する価値と蓄積される資本はいかなる形態を持ち、その資本と投資がどのようになされ、どのような社会変革が生じているのかを考えることで、ボランティア論には別の回路が開けてくる気がする。

ま、仮説程度の話だし、既存の議論はあまり踏まえていないので、「そんなこと、みんな分かってるねん」ということかもしれない。そうであっても、自分としてはちょっとしたセレンディピティだったのだ。




そんなこんなで、明日も暑い一日になりそうです。がんばりましょう~。

吐き気のような

裁判になれば「人間らしさの片鱗無く、躊躇なく無差別大量殺人を計画実行」と指弾されるだろう。

ナイフの所持規制は、さらに進むことだろう。

自己を部分的に肥大させるネットのあり方や、
派遣労働のあり方が批判されるだろう。
殺人の衝動を躊躇させる何かの有無が検討されるだろう。

しかし、それだけなのか?という疑問が沸き上がる。


この、理由無き殺人が連鎖する不気味さは何か?
身の回りに起こりえる可能性、という意味での偶有性への恐怖。

人混みで、何度となく背後を振り返ったところで、
この、不安と恐怖がないまぜになった気分が消えることはない。

吐き気のようなモヤモヤは、
闘う相手の姿が見えないストレスから来るのだろうか。

関西弁の宇宙人が教えてくれないこと

一昨日、就職活動中の後輩から「就職の面接官の役をやってくれ」と頼まれて、小一時間面接の練習に付き合った。

そして昨日、ゼミ室の掃除や片付けを先生と一緒にやりながら、「留学生の後輩から面接官の役をやれって頼まれたんですよ~。一生懸命やったんですけど『面接官はそんな質問はしない』とか言われて参りまして・・・」という話をした。先生は「1階に就職相談室があるから、そういうとこに行けばいいのに。」とアドバイスをしてくれた。

今日、件の後輩が研究室に来たので、「面接の練習したいなら、就職相談室に行ってみたら?俺よりも、ちゃんとした専門の人に見てもらったほうがいいよ。」と話してみた。そしたら、「相談室の人はマニュアル通りの表面的なことしか言わないんです。」とのこと。

「でも、俺だって、そんなに時間あるわけじゃないし、面接の練習とかは、そういう人に頼んだほうがええんちゃう?」と再度言うと、「一昨日は、ちゃんと先に『時間ありますか?』って確認してから頼んだじゃないですか。私は悪くないです。」と、何だかキレ気味に言葉を返された。

「一昨日のことを言ってるんじゃなくて、これからそういうふうにしたら?ってことを言ってるんやけど。それから、『私は悪くない』って言い張るのは、日本では嫌がられるから、気をつけた方がいいよ。」「別にこれは、個人の性格の問題ですし、今までは特に問題なくやってきました。何が問題ですか?」なんてやりとりをしばらく続けた。

『私は悪くない』という言葉が真っ先に出てきたのは、ある意味でとても新鮮だった。日本人と付き合っている限り、この状況でこういう返し方に出会うことは少ないし、日本人相手なら「ふざけんじゃねよ」で済ませてしまいがちな話だが、留学生相手なので時間をかけて話してみた。

「一般論だが、日本では何か対立した場合は『俺も悪いが、お前も悪い』という喧嘩両成敗的な解決が好まれる。」「『自分は悪くない』と言われた時、『こっちだって悪くない』と笑顔で言い返せる日本人は少ない。結局、後から陰口を言われたり評判を落とされたりする。」「『●●人は自己主張しかしない』というステレオタイプなレッテルを貼られて嫌な思いをするかもしれない」など。

日本に順応しろと言うわけではなく、日本で嫌な思いをしてほしくないなぁ・・・という老婆心から、「日本的なやりかたの傾向と対策」のようなものを説明してみた。

何か対立や問題が起きたときに、喧嘩両成敗的な落としどころを目指すのも、「自分は悪くない」「こっちも悪くない」と言い合って譲らないままに終わるのも、個人レベルのやりとりだったら、別にどちらも大して変わらない。前者は、責任の所在は曖昧なまま対立を避けようとする方法だろうし、後者であっても、どちらが悪いのか分からないまま終わることだろう。

後者のやり方の方がグローバルスタンダードっぽい印象だけど、前者と後者が出会ったときに若干の不幸が起こる。日本人が海外に行ったときに、主張することが存在意義だと精一杯がんばって、疲れ果ててしまう人もいる。(海外に出ると水を得た魚のように活き活きとする人もいるが、日本では疎外感を感じているかもしれない。)

一方で、海外から日本に来た留学生が、母国にいるときと同じように主張すると、周りの日本人から距離を置かれて疎外感を感じるのも同じことだ。そういうケースをたくさん見てきたので、敢えてグジャグジャと喋ってみたというわけ。

ちなみに僕の場合は、自己主張する/しないのどちらを採用するのか、という二者択一ではなく、「時間のある限りはとにかく徹底的に話して理解し合う」という方法を推奨している。主張しない日本人、個より集団を大事にする日本人のメンタリティや関係作法が一朝一夕で変わるとも思えないし、外国人はそういう体験を通じて「日本的なるもの」を理解してくれたらいいと思う。

そんなこんなの長いやりとりを通じて、「自分よりは、就活のプロに任せた方がいいだろう。」という僕の(表面的な)「優しさ」も伝わったし、「私は悪くない」という言葉の裏には、僕に対する申し訳なさから「ものすごく気を遣って『時間大丈夫ですか?』と確認したのに・・・」という思いがあったということも分かって、まあ何というか、めでたしめでたしなわけで。

これが正解だよ、という世界じゃないので、こういうやりとりでよかったのかという自信もないけど、とりあえず詳しく書き残してみたら何か次につながるかなと思って長々と書き綴ってみた。長文読んで頂きましてありがとうございます。

前向きに

更新を数日サボりました。体調不良に伴うバイタル(生命力)低下だと思います。落ち込んで回復するのに、正味五日ほどかかりましたね。

体調不良でもblogは更新できるはずなのですが、更新したいという気分にならない自分を発見しました。「blog失語症(何を書いたらいいか分からない)」とか「web的引きこもり(更新が怖い)」という言葉が浮かびましたが、即座に却下され、そもそも人はなぜ、webに言葉を綴ろうとするのかについて考えたりしました。

blogを書くときは、基本的には、顔の見える人間関係が念頭にあって、「手紙や電話での近況報告」「井戸端会議」と同じようなものだと思ってます。日本人がmixiやblogに近況報告や日記を書きたがるのは、自分や他人についての「どうでもいい情報」を常に他者と共有していることで安心感がもたらされたりするからでしょうか??

これはおそらく、インターネット時代に突入する以前からの状況、もしくはインターネット以外の制度を見ていく必要がありそうです。たとえば学校制度の中で、常に日記や日誌や記録をつけさせられる訓練をさせられていることなど。他愛もない日常を日記や記録として書き記すことは、とても重要な教育上の目標とされています。

小学生が「日記書けへん。書くことあれへん」と先生に言う。
先生は「何にもないことないやろ。朝起きて、ご飯食べて、学校で誰かにあって、給食食べて、誰かと遊んで・・・。な、いっぱいあるやろ。何でもええから書いてみ」と諭す。一般的な光景です。

ここで重視されてるのは、自分の心の動きや行動を「自覚し、文字化する」ということのようです。こうした取り組みは、夏休みに毎日日記を書かせたり、一日の生活時間の行動計画を立てさせたり、それを記録させたり・・・。もちろん「生活綴り方運動」などの影響があるのかもしれませんが、それだけではないようにも思います。

(※綴り方運動は、貧しさというリアリティを捉え伝える能力を身につけることで、貧富の解消を目指す運動だそうです。)
(※欧米では、日本で言うところの「作文」ではなく、論理的な小論文を書かせるカリキュラムがあるそうです。日本の「作文」は、そういうものに比べると叙情的?なのもののようです。)

こうした日記・記録を付けるという修練の結果身につけられた技法と、日本的、アジア的なベタベタっとした人間関係のあり方とテクノロジーが、実は結びついたり結びついていなかったりしてるのかもしれません。わかりません。

ちなみに、僕自身が時々気が向いたときだけこういう内容の記事を書くのは、単純に、こういうことを考えたり書いたりするのが好きだからです。あわよくばだれかに「ふーん」と思ってもらって、さらに運が良ければコメントしてもらったり、さらに関連情報を教えてもらったりしたら嬉しい・・・という淡い期待はありますけど。まあ普通は、読む側というのは、こういうぐちゃぐちゃわけの分からない心象風景の吐露に対しては「儀礼的無関心」による態度を取るものです。

そうは言っても、別に専門家じゃなくても、公序良俗に反したり、誰かにイヤな思いをさせたりしなければ、ゴリゴリといっぱい書いたらいいと思います。「またアホなこと書いてるなぁ」と思われるだけですし、もしかしたら、そういう無駄なお喋りの中からいいことを思いたり、優れた情報と出会うかもしれません。

あと、自分の精神の安定のためでしょうか。

さて本題。

今日は梅田で研究会だったので、行ってきました。たまには電車に乗るのもエエものです。

イギリスの人文地理学界(どのぐらいの存在感なのか知りません)では、人間と自然の二分法、人間と物質の二分法、人間と意識、主観と客観・・・といった二元論を批判することで、新たなパラダイムを模索してる・・・という状況らしいです。アクターズネットワーク理論(ANT)とか、ちょっと興味深い。(※そしてジョン・アーリの関心なんかも、そういう方向で動いてるというのを知って勉強になりました。)

でも、もっぱらそうしたアカデミな議論のトレンドが、「論文生産システム(研究費獲得システム)」で勝ち上がるための「世代間闘争」によって生み出されてるんじゃないの?みたいなやりとりがあって、そっちの話はそっちの話で説得力があって、何だかなぁという気分にもなりました。論文の本数だけでなく、「引用・参照回数」が評価の対象となる以上、引用されやすいような抽象論、枠組み論、理論研究が膨らんでくるという傾向があるとかないとか。

日本では、まだそういう状況ではないですが、早かれ遅かれ、ある程度はそうなっていくんじゃないかと思います。(※たとえば現在整備中の論文データベースCINIIは、まさにそういう使い方ができる「便利」な情報集積事業です♪僕の論文も新年度からはweb上で公開されますんで、じゃんじゃん引用してくれぇぇ!)

いずれにしても、理論研究にせよ、経験的研究によせ、リアリティのある、地に足のついた研究を展開したいものです。今日はリハビリを兼ねて、少し長めに書いてみました。本当は「大阪行きました」って書くだけの予定だったんです・・・。

フランスとエロと初音ミク

実にまじめな話なのだ。

工事用の防音シートで窓を覆われて、昼も夜も分からなくなった研究室。対角線上のデスクに座るフランス人に、「初音ミクって知ってる?」と聞いてみた。アニメ声な歌を自在に創作できるPCソフトの名称だ。

その声のイメージキャラクターとして「初音ミク」というアニメ少女が設定されており、ソフトの操作者は「自由自在にアニメ美少女に歌を歌わせる」ことができるという。今年の話題ソフト、らしい。声の元となるデータはアニメの声優さんが担当しており、あちこちの動画サイトに「作品」が投稿されてブームになってるとか何とか。この日「現代用語の基礎知識に新たに掲載された言葉」のニュースを見て、自分で検索して初めて「彼女」の活躍を知ったのだった。。。

YouTubeの画面でホワホワと歌う初音ミクを眺めながら、フランス人はビミョウな表情を浮かべて言った。「女の子を自在に操りたいという欲望は、日本の文化なのだろう。でも今のフランスには、まったくない。」

そこから一時間以上、日仏エロ分析トーク・・・ではなくて、「女性に向けられる眼差しの違いに見るアジア・ヨーロッパ比較文化論」が展開された。実に興味深く、考えさせられる議論だった。

フランス人が日本に来て驚いたものを、以下に列挙してみる。

・ミニスカートの女子高生(&援助交際)
・女性への就職差別・就業差別等等、産休育休後の復職困難と寿退職
・グラビアアイドルがテレビに出てること
・スナックやパブ(ホステスさんがいるお店が無数にあること)
・そもそも女性が男性にお酒を注ぐこと
・細木数子の「男性主権社会」が大きく批判されていないこと
・ロリコン趣味が憚られずに語られること

これ↑を難しげな言葉を使って少し言い換えてみる

・自発的に「かわいらしさ・女らしさ」を強調する未成年女子が多数を占める状況
・性的関心の商品化を引き受けた女性が公共的な舞台の主役となること
・フェミニズムの気配が日本社会において微塵も感じられないこと
・そもそも日本の男性は女性を「性的対象」としてしか見ていないように思えること
・女性自身も積極的に「性的対象」として見られようと努力しているように思えること

・・・・(真面目な)フランス人曰く、フランスではありえないことだらけらしい。

・女性を「きれい、かわいい」の対象としてしか見ないのは、ヨーロッパでは絶対に許されない。
→多様な人間性、個性が尊重されるべきである。「性的関心」を惹くようなファッションも言動も行動規範も、フランスではありえない。
→とりわけ1968年の5月革命以来、フェミニズムの洗礼を経たヨーロッパでは、女性自身に対しても、それを肯定する男性に対しても、強烈な「反セクシャル規範」が生じて維持されている。
・まして、高校生や未成年の子どもたちが性的対象として見られることに対する嫌悪感は強く、子どもたち自身が積極的にそうした欲望の対象となろうとしていることは理解できないし、絶対に受入れられない。
・そうした女性への眼差しに対して、女性自身も自由になれない状況が続いている。自ら「かわいらしく、いじらしく、美しい女であるべき」という規範を遵守しようとしている。

ということで、フランス人である彼のメンタリティとしては「日本の女性は抑圧されたままで可哀想だ」ということになるらしい。もちろん、基本的には彼の個人的な見解であり、一般論にはなり得ないというのもお互いに承知している。また多くの部分においては「文化の違い」であり、これも日本文化の一側面であると理解しなければならない、と彼の頭の中ではある程度了解している・・・・らしい。ヨーロッパ近代主義の産物である人権概念をそう易々と押しつけようとしないのは、彼なりの良識ある態度だろう。さすがレヴィストロースの国の人だ。(?)

そして、「日本人はとても規範や道徳についてとてもきっちりした部分がある。たとえば結婚や就業規則などは、フランスは日本より遙かにルーズだと思う。そういう違いがあるだけに、この問題はより一層興味深い」というあたりで、話はタイムアップ。

僕もフランス人もお互いにジェンダーやフェミニズムの専門家じゃないけれど、核心を突いた問題意識だと思った。とりわけ、日本文化にドップリと浸かって生きてきた自分にとって、日本人が当然だと思っていることに疑問を投げかけられるというのは、実に心地よい体験だ。

「女性を愛でる」「女性性を愛で、男性性を誇る」というのは、武士道、花柳道に通じるものがあるかもしれない。そういうところから考えれば、これはまさに日本文化の問題である。また、個の確立/和の尊重という対比で展開する日欧の比較文化論も月並みながら未だに説得力を持ち得ている気がする。人権を基礎にしながら社会を構築しているかどうかの違い・・・とも考えられなくもない。ま、下手の考え休むに似たりということで、「フランス人の疑問」を出発点にフェミニズム的論考や社会規範論的論考を重ねる・・・ということは、今回はやめておこう。それだったら、上野千鶴子の本でも読んでた方がマシだろう。

ただ、フランス人が投げかけてきた疑問に、納得もする自分もいるし、同意できない自分もいるということだけは書き残しておこうと思ったのだ。そのアンビバレントな気分は、今の日本の状況を象徴しているのかもしれないと感じたから。

現段階では、自分の中では肯定も否定もできない状態なのだ。欧米の人権概念を日本にそのまま持ち込むのはナンセンスだし、文化的な基盤が違うから受入れられない可能性が高い。美的感覚や「もてなし」をめぐる快/不快の感覚も、そう簡単には変わらないし、すぐには変えられない気がする。だから、結局ズルズルと美少女アニメとアイドルと「かわいい」女子高生が蔓延する日本が続くということだろうか。その延長線上に、全国津々浦々で水商売は繁栄し続け、就職差別はなくならず、育児後の再就職が困難な状況も続き、第二、第三の細木数子がのさばり続けるということだろうか。

ぬっむむむむぅ~。
この話、持ち帰って宿題にさせていただこうかと思います。(先送りです・・・)

ちなみにフランスと日本とどちらがエロいか、という話ではないので悪しからず。
初音ミクが、美少女ゲームと水商売と人権の問題を結びつけたという話・・・かな?

三匹の子ぶた

子ども心に童話を楽しむのとは別に、少々斜めに「三匹の子ぶた」を思い出してみる。

藁の家、木の家、煉瓦の家にそれぞれ暮らす三匹の子ぶたは、煉瓦建築=西洋建築というような、ある種のオリエンタリズムを内包しているとみるべきか、または、地震に弱い煉瓦建築への反面教師とみるべきか。

それとも風や火に強いことが最高であるという、科学万能主義教育に利用されたとみるべきか。

引っ越しが片付いてきたので、そんなことをモヤモヤと考えみたり、空は五月晴れ。

機械のように考える

最近、何かの記事で読んで、ずっと心に残っている一節がある。



機械が人のように考えるようになることが恐ろしいのではない。

人が機械のように考えるようになることが、恐ろしいのである。




確か、こんな内容だったように思う。欧米の評論家の言葉だったかなぁ・・・。

「機械」という言葉を、ロボットなどだけではなく、もっと違うものに置き換えて考えることができそう。



「合理的に」という言葉の下で、いろんなものを切り捨てていくこと。

限られた範囲のことしかやらないこと。

目の前にあることしか、認識できないこと。

あらかじめ決められた規準でしか、判断しないこと。



最近の機械の方が、人間よりもよっぽど「ヒューマン」な行動や判断をすることもあるかもしれないけどね。

こんな箴言、聞き飽きたような気もしていたのだけれど、やっぱり大事なことなような気がする。周りを見渡せば、「機械のように考える」ような状況は日常茶飯事だろうし。

まあ、そうは言っても、「不正な処理をしたので終了します」とか「その操作は許可されてません」とか「インストールできません」とか、開き直れるのが羨ましい時もある。理由もなく怒ったり泣いたりしないから、素直で付き合いやすいと言えなくもない。こういう感覚が、まさに「人が機械のように考える」ということなんだろう・・・。

もちろん、機械なのか人なのか、どっちがええねんという話ではない。「人」とか「ヒューマン」とかいう概念を二項対立に持ち込んで、機械と対置しながら語ることで、誰かが何かを言おうとしていた時代が終わろうとしている(終わった?)ということなのだろう。

そう考えると、冒頭の箴言に心打たれた僕は、かなりの古典派だということになる。日々、開き直りが得意な機械(パソコンやプリンタ)や、機械的思考とも言うべき発想の貧困との闘いなのだから仕方ないのかなぁ?

銀河鉄道999に出てきた機械人間や鉄腕アトムをはるかに越えたような「機械」を手に入れてしまった僕たちは今、「人間にしかできないこと」を探し出すのに必死なのかもしれない。

ネームライツとブランド戦略

地名の商品化という点で、ネームライツほど典型的なものはないように思う。

グリーンスタジアムの名前がコロコロ変わって、スカイマークになったりヤフーになったりするのには、だいぶ慣れっこになっている。郊外の球場だから、名前が変わったところで迷惑する人はあまりいないようにも思う。降りる駅の名前が変わるわけじゃないし。

ところが、兵庫区のウィングスタジアムの場合は、そう簡単な話でもないらしい。
ワールドカップの会場として整備された、兵庫区南部のランドマーク。震災後に完成した市営地下鉄湾岸線を何とか利用してもらうためにも、このスタジアムは必要不可欠な「都市装置」だった。

そんなウィングスタジアムの名前が変わって、「ホームズ」なんとかになるんだとか。最近、新聞にそんな記事が載っていた。

地元ではウィングスタジアムという名前が浸透しているので、「ウィングスタジアム前」とか「ウィングスタジアム店」という名称を用いているお店や建物が結構あるという。ところがネームライツで名称が変わっても、周辺のお店の多くは「ウィングスタジアム」のままでしばらくやっていくらしい。

大きなランドマークになるような建物だから、周辺地域を指す記号としても「ウィングスタジアム」という言葉が、文字通り「浸透」しているのだ。つまり、ウィングスタジアムという名前は、ウィングスタジアムのみを指すにあらず。ウィングスタジアム周辺も「ウィングスタジアム周辺」として、立派にアイデンティファイされているのだ。

もちろん、プロ野球の球団名とか企業名とか、ビルの名前も同じだろうし、市町村合併だってそういう話と関連してくる。地名と地域アイデンティティはダイレクトに関連しているわけだが、ネームライツというのは、まさにそういう「地名とアイデンティティ」の関係をも商品化しているのだ。だからこそ、単なる広告効果という以上に、ネームライツにお金を払う価値があるんだろう。でも、スタジアムの戦略としてそれが正しいかどうか、いささか疑問が残る。

ウィングスタジアムって、建物のデザインからそういう名前を付けたんだろうと思う。5年以上経って、芝生が定着しないとかいろいろと問題はあるみたいだけど、それなりに「地名」として定着してきた頃だった。だからこそ、「地名ブランド戦略」という意味では残念な気もする。お金ないなら仕方ない・・・という問題なのかなぁ??

たとえば甲子園球場が、ある日突然「阪急・阪神ホールディングス球場」とかに変わったらどうだろう。高校球児たちは「阪急・阪神ホールディングス球場」を目指して熱闘を繰り広げることになるのかもしれないが、「甲子園」という名称のブランドをドブに捨てることになる。そのあたりを天秤にかけながら、よくよく吟味して考える必要があるということなのだ。

地名のブランド化戦略を考えるのか、それともネームライツとして売り渡すのか。どうせなら、自治体の名前もネームライツとして売り出してしまったらどうだろう。神戸市も、市バスに広告付けて走る感覚で「ネスレ市」とか「コカ・コーラ市」とか「ワコーレ市」とかにしたら、案外儲かるかもしれない。ちなみに、僕が灘区のネームライツを買い取ったら「ナダタマ区」にしようと思う。


それにしても地名っていうのは、意外と軽薄なものだなぁ。。。

国際化?

昨日参加したみんぱく主催のシンポジウムは、「日本で暮らす―移民の知恵と活力」と題したもので、日本のチャイナタウンに暮らす華僑(在留地の国籍を持たない中国人)・華人(在留地の国籍を取得した中国人)の話と、日本で働くネパール人労働者の話が紹介された。

いわゆるオールドカマーとしての華僑・華人だけでなく、最近中国から日本にやって来た留学生や労働者の存在。横浜、神戸、長崎の中華街では、豪華さを売り物にした観光化の戦略が近年急激に進んでいること。

一方で、日本に出稼ぎに来たものの、不法滞在になって強制送還されたネパール人たちの日本での暮らしぶりや、アイデンティティ、帰国後の生活戦略。

専門家ではない人にも分かるような平易な話だったが、いずれも興味深く聞くことが出来た。シンポジウムの内容とは直接関係ないが、僕が改めて感じたことは、日本とか、外国とか、そういう区別自体が、もうワヤワヤになっている「実態」と、日本と外国を執拗に区別しようとする日本人の「精神構造」の乖離が大きくなっている、ということだ。

たとえば今日。

インド人がアメリカで買ってきたチョコレートを食べたり、中国人が駅前のマクドナルドで買ったポテトをつまんだりしながら、アメリカに暮らすインド人女性の研究にアドバイスをしたり、図書館のサイトを使って関連する英語論文を一緒に探したり、フランス人と日本人の夫婦と、中国人と日本人のカップルが昨日カラオケに行って盛り上がったという話を聞いたり、震災後のベトナム人が暮らしていたテント村についての論文を読んだり、世界中の動物を集めた近所の動物園の記事を書いたりして過ごした。表層レベルでは、実に国際的な雰囲気だ。

こういう日常が続くと、どこからどこまでが「日本」という幻想で、どこからどこまでが「日本」という実態なのか、全然分からなくなってしまう。さしあたって意識できるのは、日本という空間で暮らす上での多少のルールと、言葉と、「文化のようなもの」ぐらいだろうか。国際化してるかと言われれば、ある意味国際的かもしれないが、僕自身にはまるで自覚がない。

一方で、世界の多くの国々では、自分の子どもに何語を学ばせるのかで、その子の人生の選択肢があらかた決まってしまうという。日本の子どもの「習い事」とか、「英語の時間」とか、そういうレベルではない。親世代の言葉や文化へのアイデンティティと社会階層を天秤にかけながら、多くを得て多くを捨てながら「言葉」を身につけていくのだ。

最近、そういう話をあちこちで聞くものの、日本で生きてきた自分の人生を振り返ると、葛藤も矛盾もなく、日本語しか話せないまま育ってきた。自分は、なんだかものすごく無条件に無意識的に「日本」という大前提を生きてるような気がしてならない。これほど「国際的」な日常であっても。

そんなことをつらつらと考えていたら、もしかしたら「日本で暮らす」というシンポジウムの中で最も問われていたのは、「日本で暮らす日本人のあなたはいったい何なんですか?」ということだったんじゃないか、と思うに至った。

昨日から丸一日経って、しみじみそういうことを考えられる、平和な日本の今夜、みなさんいかがおすごしでしょうか。

今年もやはり「孤独死」報道

阪神大震災の爪痕なお、災害復興住宅「独居死」66人

今年も、こういう報道が流れる季節になった。

mixi内で表示されるニュースには、記事の下に「(このニュースで)日記を書く」という機能が付いている。日記を書くと「このニュースに関する日記を書いた人一覧」に自動的に掲載される。外部ブログ利用者がmixi内に自分の文章を書ける数少ない機能の一つでもある。

この孤独死の記事もmixi内に表示されていて、このニュースに日記を書いている人が何人かいたのだけれど、ニュースの内容だけでなく、他の人の日記の内容が気になった。「可哀想」「まだ震災は終わってなかったんだ」等々。

なんだかやりきれない気分になったので、mixiに以下のような文章を書いてみた。せっかく書いたので、こちらにも転載しておきたい。

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「孤独な生の結末として」


復興住宅が造られ始めたのが1997年頃。それから何年か、毎週、復興住宅に通って、じいさんばあさんとお茶を飲んでグダグダお喋りをしたり、戸別訪問したりする活動を続けていた。

仮設住宅の頃から、何十人というお年寄りが亡くなっていった。毎月のようにお通夜に通った時期もあった。だからこそ強く思うのだけれど、孤独死は復興住宅だけの問題じゃない。

復興住宅の高齢化や孤独の問題は本当に深刻だし、年を重ねるごとに、問題がさらに深刻化しているところもある。でも、復興住宅以外の独居老人だって、常に孤独死とは隣り合わせであるというのは間違いない。

「復興住宅/仮設住宅=孤独死」という構図は、問題提起としては有効だったかもしれない。でも、復興住宅を通じて、世界中のどこにでも起こり得る「孤独+高齢」という問題をどうするのか、というところまで考えなきゃいかんような気がする。

「復興住宅=孤独死」という構図の報道は、孤独死の問題を「自分の問題ではなく、どこか遠い別のところの問題。自分とは関係ない問題」としてしまう可能性はないだろうか。

どうせなら、都心で、ニュータウンで、農村部で、下町で、それぞれに、同じように孤独死があるということを報道してくれたらいいのに。

そして、孤独死の問題は、誰にも看取られずに旅立っていったことが問題ではなく、「誰にも看取られずに生きていた」という点が問題なのだ、ということを再認識しなければならない。


人は孤独な生き物なのだ・・・と、嘯いて死ぬのは御免だ。


・・・・・(ここまで)・・・・・・・・・・・・・

説明が足りなくて、誤解を招く部分もあるかもしれないけれど、何か言わなきゃという気持ちばかりが焦る。孤独死の原因の一つは震災かもしれないけれど、孤独の原因は震災だけではない。

復興住宅に提供された通報装置や見守り体制は、孤独死を防ぐものかもしれないが、孤独な生を受け止めるものではない。百人いれば百通りの震災があり、百通りの生と死がある。それぞれの生と死に向き合えば、決して震災だから、復興住宅だから孤独死したはずではないのに。「復興住宅だから孤独死が問題」と言ってしまうことで、見えなくなってしまうことがたくさんあるのではないか。

そして、ちょっと矛盾するかもしれないけれど、独居=孤独死=問題という構図も間違っている。一人でも孤独ではない、一人が気楽でいいという人だってたくさんいる。自分だって、そういうところがある。

運良く同じ住宅内に、気の合う友人を作ることができた人もいる。家族や知人が、こまめに様子を見に来てくれる人もいる。親しくなったホームヘルパーや相談員、ボランティアがいるかもしれない。もちろん、一人が気楽でいいよと言う人もいるし、本当に孤独な人もいる。お酒とテレビだけが友だち、家族も親せきもいない。そういう人も少なくない。

だからといって、だからといって復興住宅は特別な場所ではない。被災したけれど、それでもみんな、普通に生きている。高齢者だからといって、ケンカも恋愛も当たり前だ。一人でも楽しいという人もいる。そういう普通な生と死の営みの中に、「孤独死」がポツリポツリと出てくるのだ。

それでも、「復興住宅=孤独死」という構図が、今年も再生産され続けている。こういう報道に、むしろ悪意すら感じてしまうのは僕だけだろうか。

そうして今年も、1月17日を迎えようとしている。

テレビとCMの関係についてのメモ

テレビは視聴者の時間を吸い取る機械であり、スポンサーはテレビが吸い取った視聴者の時間を購入しているということ。

では、webが吸い込んだ時間はだれがどうやって購入しているのだろうか?

デザインしない。

大垣からの帰り道に「名盤珍盤コレクション」というアルバムを聴きながらあれこれ考えごと。

地理学では、地域の政策や計画を考えたりデザインしてみたりするということをあまり考えないのが不思議に思えてきた。

景観やデザインや地域の歴史や経済や文脈を読み解くことにはわりと一生懸命なのに、「ほなお前が計画を考えてみ」と言われたら困っちゃうかも。

単にトレーニング不足なのか、そもそも計画や提案に意識が向かないのか??

哲学や考古学ならいざ知らず、地理学はかなり実践に近いところで研究をやってるのに。

例えば郷土意識やナショナリズムがどうやって作られたのかを明らかにしても、これから郷土教育をどうしていったらいいのかについてはあまり踏み込まない。

観光地や地域イメージ、地場産業が作られていく過程に関心を持ったとしても、それらが今後どうあるべきか、どうなっていくのかについては大概「判断留保」にしてしまうような気がする。

「その件については自分は意見を言う立場にない」と考えることだろう。

自分を含めてそういう傾向が強いという点は認識しているが、理由はよくわからない。地域を分析する際の客観性に影響が出てしまうからだろうか。

確かに、提案まで踏み込まない人の方が「賢そう」に見えるし、安易な提案や提言は避けるべきだというのもよく分かる。提言すれば「あの人はそういう偏った人」と思われるのは間違いない。

とりとめもなくあれこれと考えてみたものの、やっぱりよくわからない。しばらく考えてみます…。

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