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治らない・・・
今月、4回目の病院に行ってきました。
先週、病院で処方されたクスリが切れるタイミングが、ちょうど回復のタイミングになりそうだったのですが、日曜、月曜、火曜とぶり返した感じ。夕方には37度くらいの微熱が出る。
8日分の風邪薬やら咳ぜんそく用の吸入ステロイド、気管支炎予防薬などをもらってきました。
早く治してしまいたいものです。
先週、病院で処方されたクスリが切れるタイミングが、ちょうど回復のタイミングになりそうだったのですが、日曜、月曜、火曜とぶり返した感じ。夕方には37度くらいの微熱が出る。
8日分の風邪薬やら咳ぜんそく用の吸入ステロイド、気管支炎予防薬などをもらってきました。
早く治してしまいたいものです。
咳ぜんそく
灘チャレンジの前夜に発症し、一時は回復の兆しを見せた風邪も、いくつかのステージを経て、咳が続く状態がずっと続き、夜に何度も目が覚めるほど咳き込むこともしばしば。
職場でも、ゼミでも「咳ぜんそくちゃう?」と言われ、今日、3度目の病院に行ったら「ぜんそく性の咳かもしれないから」ということで、ついに吸入薬(ステロイド)を処方されました。
喉が痛いのはまだ治らないのですが、吸入してしばらくしたら、あれほど続いていた咳が嘘のように、9割減しました。
咳ぜんそくだったのか。。。
まだどのぐらいで完治するのか、いつ頃までに薬にたよらず咳が止まるようになるのか分かりませんが、咳が続く方の参考になればと思います。
職場でも、ゼミでも「咳ぜんそくちゃう?」と言われ、今日、3度目の病院に行ったら「ぜんそく性の咳かもしれないから」ということで、ついに吸入薬(ステロイド)を処方されました。
喉が痛いのはまだ治らないのですが、吸入してしばらくしたら、あれほど続いていた咳が嘘のように、9割減しました。
咳ぜんそくだったのか。。。
まだどのぐらいで完治するのか、いつ頃までに薬にたよらず咳が止まるようになるのか分かりませんが、咳が続く方の参考になればと思います。
長峰坂
ボランティアとは? 記憶とは? 愛とは? 暑さの中で考えること。
朝から晩までプレハブの事務所に詰めてる人間としては、エアコンが自由に使えないというのは結構辛い環境である。秋までは扇風機が手放せない。
扇風機は、文句も言わず、ひたすら風を送り続けてくれる。今日のゼミで、先生が「愛とは与えるもの、恋愛とは代償を求めるもの」という話をしてくれたが、扇風機こそ愛だと思う。(?)
暑くなると脳みその沸点が近づくらしく、考えてみたいことが増えてくる。
暑いほどに集中力が増すというのは、ちょっと珍しいタイプかもしれない。この数日間、二つのことを考えている。ひとつは、記憶の話。
辺見庸の「水の透視画法」という新聞連載を毎度毎度熟読しているのだけれど、「戦争の記憶とのかかわり」という文章を読んで深く考え込んでしまった。
欧米には、89歳のナチ戦犯を裁判にかけ、懲役15年を求刑するような"ナチ・ハンター"がいる一方で、日本の戦争の記憶は「病的なまでに薄い」と言う。
戦後64年が経ち、89歳のナチ戦犯を105歳まで獄中につなごうとする戦争の記憶に、辺見庸は「そこまでするのか。そこまでしてもよいのか。そこまですべきなのか。記憶というのはさほどまで執拗なものなのか。」と問う。そして「自問は徐々にわが身に向かい」、日本は「たくみに忘れたふりをしている」と指弾する。
震災15年を迎える頃、神戸あたりでは再び「忘れてはならない」の大合唱が響くことだろう。僕は、このセッションに、どう向き合うべきだろうか?自問を重ねてみるが、答えはまだ出ない。
考えている二つ目のことは、「ボランティア」についてだ。
ある学生さんが、「ボランティアとは何か?」という相談にきたという。
僕はたまたま非番の日だったし、それに応えることが「学生ボランティア支援室」の業務なのかどうか分からないが、せっかくなので正面から答えてみたいと思った。
二日ほど考えてみて、思考の途中経過は省略するけれど、ボランティアとは「搾取されない労働」ではないか、という仮説的な定義を思いつき、この定義がどこまで「使える」ものか、しばらく試してみようと思っている。
自発性とか無償性とか先駆性とか公共性とか、そういう定義があるとかないとか、本で読んだことがあるけれど、堂々巡りで本質を突かない定義だと感じてきた。アドボカシーが必要だとか、ボランティアとは共感する力だとか、そういう話も見聞きしてきたし、誰かに聞かれたら、そういう話をしたこともある。
しかし、ボランティアの本質とは労働である。賃金という対価を得る賃労働と消費が人間活動の主流となった近代資本主義社会においては、労働形態の残余カテゴリーとしてボランティアが語られてきた。ボランティアには「賃金を対価としない奇特な人びと」というレッテルが貼られ、賃労働とボランティアという二元論が招いた罪は大きいように思える。
しかし、ボランティアであっても労働であり、価値の生産であると考えれば、一時流行った社会関係資本の議論に接続することも容易だ。ボランティアとは、価値を生み出す労働であり、生産された価値は有形無形の資本として蓄積されると考えたらどうだろうか。
表面的な社会変革力への期待とか、市民社会論とか、そういうアプローチと距離を置きながら、ボランティア労働が生産する価値と蓄積される資本はいかなる形態を持ち、その資本と投資がどのようになされ、どのような社会変革が生じているのかを考えることで、ボランティア論には別の回路が開けてくる気がする。
ま、仮説程度の話だし、既存の議論はあまり踏まえていないので、「そんなこと、みんな分かってるねん」ということかもしれない。そうであっても、自分としてはちょっとしたセレンディピティだったのだ。
そんなこんなで、明日も暑い一日になりそうです。がんばりましょう〜。
扇風機は、文句も言わず、ひたすら風を送り続けてくれる。今日のゼミで、先生が「愛とは与えるもの、恋愛とは代償を求めるもの」という話をしてくれたが、扇風機こそ愛だと思う。(?)
暑くなると脳みその沸点が近づくらしく、考えてみたいことが増えてくる。
暑いほどに集中力が増すというのは、ちょっと珍しいタイプかもしれない。この数日間、二つのことを考えている。ひとつは、記憶の話。
辺見庸の「水の透視画法」という新聞連載を毎度毎度熟読しているのだけれど、「戦争の記憶とのかかわり」という文章を読んで深く考え込んでしまった。
欧米には、89歳のナチ戦犯を裁判にかけ、懲役15年を求刑するような"ナチ・ハンター"がいる一方で、日本の戦争の記憶は「病的なまでに薄い」と言う。
戦後64年が経ち、89歳のナチ戦犯を105歳まで獄中につなごうとする戦争の記憶に、辺見庸は「そこまでするのか。そこまでしてもよいのか。そこまですべきなのか。記憶というのはさほどまで執拗なものなのか。」と問う。そして「自問は徐々にわが身に向かい」、日本は「たくみに忘れたふりをしている」と指弾する。
震災15年を迎える頃、神戸あたりでは再び「忘れてはならない」の大合唱が響くことだろう。僕は、このセッションに、どう向き合うべきだろうか?自問を重ねてみるが、答えはまだ出ない。
考えている二つ目のことは、「ボランティア」についてだ。
ある学生さんが、「ボランティアとは何か?」という相談にきたという。
僕はたまたま非番の日だったし、それに応えることが「学生ボランティア支援室」の業務なのかどうか分からないが、せっかくなので正面から答えてみたいと思った。
二日ほど考えてみて、思考の途中経過は省略するけれど、ボランティアとは「搾取されない労働」ではないか、という仮説的な定義を思いつき、この定義がどこまで「使える」ものか、しばらく試してみようと思っている。
自発性とか無償性とか先駆性とか公共性とか、そういう定義があるとかないとか、本で読んだことがあるけれど、堂々巡りで本質を突かない定義だと感じてきた。アドボカシーが必要だとか、ボランティアとは共感する力だとか、そういう話も見聞きしてきたし、誰かに聞かれたら、そういう話をしたこともある。
しかし、ボランティアの本質とは労働である。賃金という対価を得る賃労働と消費が人間活動の主流となった近代資本主義社会においては、労働形態の残余カテゴリーとしてボランティアが語られてきた。ボランティアには「賃金を対価としない奇特な人びと」というレッテルが貼られ、賃労働とボランティアという二元論が招いた罪は大きいように思える。
しかし、ボランティアであっても労働であり、価値の生産であると考えれば、一時流行った社会関係資本の議論に接続することも容易だ。ボランティアとは、価値を生み出す労働であり、生産された価値は有形無形の資本として蓄積されると考えたらどうだろうか。
表面的な社会変革力への期待とか、市民社会論とか、そういうアプローチと距離を置きながら、ボランティア労働が生産する価値と蓄積される資本はいかなる形態を持ち、その資本と投資がどのようになされ、どのような社会変革が生じているのかを考えることで、ボランティア論には別の回路が開けてくる気がする。
ま、仮説程度の話だし、既存の議論はあまり踏まえていないので、「そんなこと、みんな分かってるねん」ということかもしれない。そうであっても、自分としてはちょっとしたセレンディピティだったのだ。
そんなこんなで、明日も暑い一日になりそうです。がんばりましょう〜。
暑い…
ゴーヤ植え替え
自宅のベランダで、気が向くままに種を蒔いた鉢からは、バジルやらネギやらインゲン豆やらの芽が吹き出して楽しげな雰囲気になっている。
バジルにアブラムシがちょっと付いてるなぁと思いつつ眺めていたら、別の虫(ヒラタアブの仲間?)がやってきて、アブラムシの数が減ったりしていた。まさに自然の摂理、生態系の妙。テントウムシが来たら完璧だけど、彼らの食欲を満たすには、アブラムシの数がちょっと足りないかも。(何の心配?)
もう一つの小さい鉢に植えたゴーヤの種は無事に芽を吹いて10センチぐらいになりつつあったので、職場のプレハブの前に巨大なプランターを設置して植え替えてみた。大きく育てば、「緑のカーテン」になって、プレハブの極暑をやわらげてくれるかもしれない。
部屋の中で飼っていた金魚が先週突然☆になってしまったので、二つある水槽のうち一つが空室になってしまった。もう一つの水槽で大繁殖しているウィロモスの間でひっそり暮らしているヒメダカに引っ越してもらうか、新しいオトモダチを連れてくるか、もうしばらく悩んでみたい。
バジルにアブラムシがちょっと付いてるなぁと思いつつ眺めていたら、別の虫(ヒラタアブの仲間?)がやってきて、アブラムシの数が減ったりしていた。まさに自然の摂理、生態系の妙。テントウムシが来たら完璧だけど、彼らの食欲を満たすには、アブラムシの数がちょっと足りないかも。(何の心配?)
もう一つの小さい鉢に植えたゴーヤの種は無事に芽を吹いて10センチぐらいになりつつあったので、職場のプレハブの前に巨大なプランターを設置して植え替えてみた。大きく育てば、「緑のカーテン」になって、プレハブの極暑をやわらげてくれるかもしれない。
部屋の中で飼っていた金魚が先週突然☆になってしまったので、二つある水槽のうち一つが空室になってしまった。もう一つの水槽で大繁殖しているウィロモスの間でひっそり暮らしているヒメダカに引っ越してもらうか、新しいオトモダチを連れてくるか、もうしばらく悩んでみたい。
灘チャレンジ2009
6月7日(日)、灘区の都賀川公園(金沢病院の隣)にて、灘チャレンジ2009が開催されます。
思い起こせば大学に入学した1997年、灘チャレンジの舞台で「ボランティアの義務化」を取り上げた風刺劇の役者をやった時から、干支が一回りしました。
今年は、大学の「学生ボランティア支援室」のスタッフとして、灘区在住のOBとして応援する感じです。(といっても、毎日のように実行委員会のBOXに顔出してますが・・・。あ、今年はちゃんとカンパもしましたよ。)
内容は例年と大きく変わることはありませんが、参考までに紹介しておきます。
・フリーマーケット多数
・模擬店多数
・風刺劇(今年は日本に暮らす外国人の子どもたちをテーマにしました。)
・パネル展示(阪神・淡路大震災のこと、去年の都賀川の水難事故のこと)
・ステージ企画(朝から夕方まで企画盛りだくさん)
・クイズラリー(灘チャラリー)
・パレード(前日の6日に、学童保育の子どもたちと商店街等を練り歩きます)
・ミニゲーム多数(子ども向け)
・パンフレット(全56pの大作。もはや雑誌ですね。。。)
・その他
当日、僕はたぶんカメラを抱えて会場をウロウロしてるはずです。。。
思い起こせば大学に入学した1997年、灘チャレンジの舞台で「ボランティアの義務化」を取り上げた風刺劇の役者をやった時から、干支が一回りしました。
今年は、大学の「学生ボランティア支援室」のスタッフとして、灘区在住のOBとして応援する感じです。(といっても、毎日のように実行委員会のBOXに顔出してますが・・・。あ、今年はちゃんとカンパもしましたよ。)
内容は例年と大きく変わることはありませんが、参考までに紹介しておきます。
・フリーマーケット多数
・模擬店多数
・風刺劇(今年は日本に暮らす外国人の子どもたちをテーマにしました。)
・パネル展示(阪神・淡路大震災のこと、去年の都賀川の水難事故のこと)
・ステージ企画(朝から夕方まで企画盛りだくさん)
・クイズラリー(灘チャラリー)
・パレード(前日の6日に、学童保育の子どもたちと商店街等を練り歩きます)
・ミニゲーム多数(子ども向け)
・パンフレット(全56pの大作。もはや雑誌ですね。。。)
・その他
当日、僕はたぶんカメラを抱えて会場をウロウロしてるはずです。。。
今日の空模様

写真中央左より、阪神御影駅前の高層マンションが、雲を衝く勢いで空に伸びてます。
御影タワーレジデンス
先端部の高さは170m、47階建てで、神戸で一番高いんだとか。
1本で約500世帯を収納します。(?)
高すぎて怖いかも…。
風レンズ風車
最近開発された「風レンズ風車」をご存じだろうか。
従来の風車の数倍の発電量を得られるという。「渦」研究の成果だ。
風下側に敢えて渦を作ることで空気圧が低下して、周囲よりも強い風が、風車の羽を回すことになる・・・とのこと。
細かい計算は分からないが、福岡県庁のHPによれば、風の強さが1.4倍になり、その結果、発電量が3倍になるという。
3倍って、革命的な数字じゃねぇの?
新型プリウスの燃費が、スーパーカブ並みになるってことですやん。
太陽電池の発電効率だって、ここ10年以上かかってようやく2倍近く出せるか出せないかっていうぐらいなのに。
とりあえず、「風レンズ風車」で検索してみてくださいませ。わくわくしてきますよ。
製品化とか普及とかはまだまだ先の話かもしれないけれど、楽しみです。
風邪の話よりも、風の話がいいですね。
従来の風車の数倍の発電量を得られるという。「渦」研究の成果だ。
風下側に敢えて渦を作ることで空気圧が低下して、周囲よりも強い風が、風車の羽を回すことになる・・・とのこと。
細かい計算は分からないが、福岡県庁のHPによれば、風の強さが1.4倍になり、その結果、発電量が3倍になるという。
3倍って、革命的な数字じゃねぇの?
新型プリウスの燃費が、スーパーカブ並みになるってことですやん。
太陽電池の発電効率だって、ここ10年以上かかってようやく2倍近く出せるか出せないかっていうぐらいなのに。
とりあえず、「風レンズ風車」で検索してみてくださいませ。わくわくしてきますよ。
製品化とか普及とかはまだまだ先の話かもしれないけれど、楽しみです。
風邪の話よりも、風の話がいいですね。
インフル禍
月曜日。
朝一番で、非常勤先の大学の事務から電話。やはりそちらも一週間の休講措置。仕方ない。
歩いて職場まで上がってみたら、取材クルーの1団と、あとはマスクの人数名とすれ違う程度。実に閑散とした空気だ。
感染を避けるには、何と言っても人混みを避けるのが一番。そういう意味では、休講中の大学は、インフル予防には絶好の場所だ。
テレビやネットの情報を見る限り、今回の新型インフルを、従来のインフル同様の対応レベルにしたらいいんじゃないか、という流れが出てきつつある。
今週中に、そういうコンセンサスが確立できれば、月末以降のイベントは実施できるんじゃないかという希望的観測をしてみたりするものの、一方で、重篤な患者さんが出たり、関東方面にぶわーっと広がったりすれば、このインフル禍は長引く可能性もある。まるで先が読めない。
従来のインフルエンザだって、場合によっては地域内に局所的に収まったり、1週間ぐらいで収まったりすることもあるし、そうでない場合もある。毎年、インフルエンザで亡くなる人も少なくないし、高熱が出ればごっついしんどいので、油断大敵であることには変わらない。
いずれにせよ、まだ当面の間は、誰にも先が読めない状況が続きそうだ。
朝一番で、非常勤先の大学の事務から電話。やはりそちらも一週間の休講措置。仕方ない。
歩いて職場まで上がってみたら、取材クルーの1団と、あとはマスクの人数名とすれ違う程度。実に閑散とした空気だ。
感染を避けるには、何と言っても人混みを避けるのが一番。そういう意味では、休講中の大学は、インフル予防には絶好の場所だ。
テレビやネットの情報を見る限り、今回の新型インフルを、従来のインフル同様の対応レベルにしたらいいんじゃないか、という流れが出てきつつある。
今週中に、そういうコンセンサスが確立できれば、月末以降のイベントは実施できるんじゃないかという希望的観測をしてみたりするものの、一方で、重篤な患者さんが出たり、関東方面にぶわーっと広がったりすれば、このインフル禍は長引く可能性もある。まるで先が読めない。
従来のインフルエンザだって、場合によっては地域内に局所的に収まったり、1週間ぐらいで収まったりすることもあるし、そうでない場合もある。毎年、インフルエンザで亡くなる人も少なくないし、高熱が出ればごっついしんどいので、油断大敵であることには変わらない。
いずれにせよ、まだ当面の間は、誰にも先が読めない状況が続きそうだ。
インフルエンザ
まだ高校生から他の住民への感染というのは確認されていないけれど、人混みに出て空気を吸い込むこと自体に強いストレスを感じてしまいます。そう、自宅は神戸市灘区の駅前の商店街のすぐ近くなのです。
大学はとりあえず1週間休講となったけれど、当然教職員は関係なく出勤せないけません。新型だろうと旧型だろうと、39度とかの高熱で苦しむのはゴメン蒙りたいものです。既にインフルってしまった方々には、早く治るのを願うばかりです。
潜伏期間が1日から7日程度で、人によって差があるということは、気づかないまま外をウロウロしてしまうということ。もはやすれ違う人がみんな潜伏期間の人に見えてしまう。
mixiの地元コミュでは、マスクの販売情報が飛び交ったり、コンビニ行ってもスーパー行っても、客も店員もマスクという風景が出現。これじゃ友だちに会っても、誰が誰か分からない。
もし高熱が出たら公共交通機関を使うなとのお達し。外で救急車のサイレンが鳴ったりするたび、「熱が出たって連絡したら救急車を派遣してくれるのかなぁ?」と想像してみたり。
とりあえず、「灘区」と入っているこのブログの訪問者数が昨日から倍ぐらいになってるので、近況と心境を綴ってみました。
大学はとりあえず1週間休講となったけれど、当然教職員は関係なく出勤せないけません。新型だろうと旧型だろうと、39度とかの高熱で苦しむのはゴメン蒙りたいものです。既にインフルってしまった方々には、早く治るのを願うばかりです。
潜伏期間が1日から7日程度で、人によって差があるということは、気づかないまま外をウロウロしてしまうということ。もはやすれ違う人がみんな潜伏期間の人に見えてしまう。
mixiの地元コミュでは、マスクの販売情報が飛び交ったり、コンビニ行ってもスーパー行っても、客も店員もマスクという風景が出現。これじゃ友だちに会っても、誰が誰か分からない。
もし高熱が出たら公共交通機関を使うなとのお達し。外で救急車のサイレンが鳴ったりするたび、「熱が出たって連絡したら救急車を派遣してくれるのかなぁ?」と想像してみたり。
とりあえず、「灘区」と入っているこのブログの訪問者数が昨日から倍ぐらいになってるので、近況と心境を綴ってみました。







